越谷という名称は「腰(越)の谷」という意味です。これは山地と低地を意味する言葉だと言われています。ちょうどこの地域は大宮台地の麓にあり、その地形を表した地名だと言われています。

江戸時代には日光街道の宿場町として栄えました。なお、かつては「越ヶ谷」という漢字が使われていましたが、1954年に現在の「越谷」となりました。これは当時合併によって越谷町が誕生した際、別に存在していた越ヶ谷町と区別するために変更されたものです。そのため、現在でも越谷市の中心地の地名は「越ヶ谷」という地名が使われています。一方、越谷町が誕生した後に新たに作られた地名は「越谷」が使われています。ちょっとややこしい面もありますが、この地域の歴史を現すものといえるでしょう。現在の越谷市になったのは1958年のことです。

この市の歴史として特筆すべき点はなんといっても「国民健康保険発祥の地」であること。現在もそのことを記念する碑が市内にあります。1935年に発足された地元の健康保険制度「越ヶ谷順正会」は、国が実施した国民健康保険法の施行に3年先立つもので、まさに健康保険制度のさきがけとなりました。

1984年にはオーストラリアのキャンベルタウン市と姉妹都市の提携を結んでおり、以後国際交流も積極的に行われています。1991年には「日仏アメニティ会議」という国際会議も実施されました。古きよき歴史と未来を見据えるビジョンを兼ね備えた市として現在も歴史を刻んでいるのです。